No226.社会保険の費用対効果で役員報酬を決める
経営者の方なら、一度は「自分の役員報酬をいくらにすればよいか?」を考えたことがあると思います。
役員報酬を高く設定すれば、法人税は安くなる一方、個人所得税と社会保険料は高くなります。
コストが一番安くなる「役員報酬」の額を設定したい!というのは、経営者として当然の検討事項だと思います。
しかし、この論点は、①社会保険と②税金へのインパクトという「2ファクター」を考慮する必要があるため・・なかなか難しい論点になります。
そこで、まず今回は、①社会保険の観点、つまり「厚生年金支払額」と「将来受け取る年金」の費用対効果の観点で、「役員報酬」の適正価額を探ります(健康保険は無視します)。
次回は、②税金の観点で役員報酬の適正価額をまとめます。
目次
1. 厚生年金保険の支払と受取の関係
(1) 毎月支払う厚生年金保険料の額
2020年6月時点の「厚生年金保険料率」は18.3%です。
実は、この「料率」・・どんどん上昇していっています。
保険料の負担は「法人」「従業員」の折半となりますが、オーナー社長の立場では、「法人」「個人」負担額どちらにしても、結局、自分の財布から出ていくので、あまり「両者を区別」する意味はありません。
したがって、オーナー社長の立場で「厚生年金」の費用対効果を検討する場合は、折半した「従業員負担額」ではなく、支払総額(=法人 + 従業員負担額合計)をコストとして意思決定すべきことになります。
例えば、2020年現在、役員報酬を10万円(標準報酬月額98,000円)に設定した場合、毎月年金事務所に支払う額は、17,934円(98,000 × 18.3%)となります(会社負担額・従業員負担 各8,967円)。
オーナー社長の場合、この金額を将来回収できるか?という観点で、意思決定を行います。
(2) 将来受け取る年金の額
厚生年金に加入すれば、国民年金も自動加入となり、将来的には「老齢基礎年金」と「老齢厚生年金」の両方を受け取ることができます(10年以上支払わないと「受給権」はありません)。
例えば、2020年現在、役員報酬を10万円に設定した場合、1か月厚生年金を支払うごとに、毎月受け取る年金は2,173円増えていく計算になります(2003年4月以降加入の場合)。
- 老齢基礎年金・・780千円 ÷ 480か月(12ヶ月 × 40年)= 1,625円
- 老齢厚生年金・・100千円 ×(5.481/1,000)× 1ヶ月 = 548円
合計2,173円
(受取額の計算方法は「コチラ」をご参照ください)
(3) 費用対効果は?
上記の支払と受取をまとめると、例えば、役員報酬を10万に設定した場合、「17,934円/月の支払に対して、将来2,173円/月を受け取れる」ということになります。
もちろん、長生きすればするほど年金の「受取期間」は長くなりますので、どこかで損益分岐となる(=回収できる)時期が来るはずです。
具体例で計算してみます。
2. 回収期間の具体例(1人社長の場合)
1人会社(オーナー社長1人のみの会社)を前提にします(他の従業員はいない)。
- 2020年4月に40歳で会社を設立し、自分の役員報酬を10万円/月と設定した。
- 今後20年間、役員報酬10万円(増減なし)に対応する厚生年金を支払うものとする。
(厚生年金支払額 17,934円/月、将来の年金受取額 2,173円/月(2020年現在)) - 40歳までに支払っていた国民年金・厚生年金等は無視。
① 厚生年金支払総額(20年)
17,934円/月 × 240か月(20年)= 4,304千円
② 将来毎年受け取れる年金(65歳以降)
2,173円/月 × 240か月(20年)= 521千円
③ 回収期間
上記① ÷ ② ⇒ 4,304千円 ÷ 521千円 = 約8.3年
④ 結論
20年間、役員報酬10万に対応する厚生年金を支払った場合、8.3年で回収できる
(=65歳支給開始の場合は、73.3歳くらいで元が取れる)。
平均寿命を考えると、役員報酬10万の場合は、意外とお得かもしれませんね。
3. 役員報酬を2倍にした場合、受取額は2倍になる?
では、役員報酬の額を、倍の「20万円/月」に設定した場合、支払額と受取額の関係はどうなるでしょうか?
まず、役員報酬が倍になれば、毎月の年金「支払額」は、おおむね「倍」になります。
ということは、将来の年金受取額も「倍」の結果になれば、役員報酬10万円/月の場合と同様に、「おおむね8.3年程度」で、元が取れる計算になります。
検証してみます。
(20年間 厚生年金を支払った場合)
役員報酬金額 | 年金支払総額(A) | 増加割合 | 年金受取額(B) | 増加割合 | 回収期間(C)=(A)÷(B) | 回収年齢 65歳+(C) |
---|---|---|---|---|---|---|
10万円 | 4,304千円 | 1倍 | 521千円 | 1倍 | 8.2年 | 74歳 |
20万円 | 8,784千円 | 2倍 | 653千円 | 1.25倍 | 13.5年 | 79歳 |
30万円 | 13,176千円 | 3倍 | 784千円 | 1.5倍 | 16.8年 | 82歳 |
40万円 | 18,007千円 | 4倍 | 916千円 | 1.75倍 | 19.7年 | 85歳 |
50万円 | 21,960千円 | 5倍 | 1,047千円 | 2.0倍 | 21.0年 | 86歳 |
(1) 結果
上記の表でわかるとおり、役員報酬を2倍にした場合、厚生年金支払額は概ね2倍になりますが、将来の年金受取額の増加割合は1.25倍程度にとどまっています。
つまり・・役員報酬を2倍にしても、受取額は1.25倍程度にとどまり、結論「役員報酬を倍にして厚生年金支払額が増えても、受取額で回収できる期間は従前より長くなる」・・という結果に至りました。
何歳まで生きるか?なんて誰もわからないですが・・回収期間が長くなるリスクを考えると、社長自身の役員報酬は、10万程度が一番無難なのかもしれませんね。
(2) ご参考~年金受取額の計算根拠~
役員報酬金額 | 受取額/月 | 受取額/240カ月 | ||
---|---|---|---|---|
老齢基礎年金(固定) | 老齢厚生年金 | 合計 | ||
100千円 | 1,625円 | 548円 | 2,173円 | 521千円 |
200千円 | 1,625円 | 1,096円 | 2,721円 | 653千円 |
300千円 | 1,625円 | 1,644円 | 3,269円 | 784千円 |
400千円 | 1,625円 | 2,192円 | 3,817円 | 916千円 |
500千円 | 1,625円 | 2,740円 | 4,365円 | 1,047千円 |
「老齢基礎年金」受取額は、役員報酬に比例しない「固定額」。
つまり、役員報酬が低い間は「老齢基礎年金」の構成割合が大きく、支払と受取額が比例しない原因となる。
4. 厚生年金はお得なのか?
(1) 厚生年金は相当お得
上記より、役員報酬を増額した場合、厚生保険の「費用対効果」はそこまで高まらないことがわかりました。
ただし、この結論は「厚生年金自体の加入が損」と言う結論では全くありません。
なぜなら、厚生年金に加入=国民年金に自動加入となる結果、「少ない支払金額で将来の年金受取額は増える」ためです。
国民年金支払額は一律16,540円/月(2020年現在)に対し、役員報酬10万の場合の厚生年金支払額は17,934円。
毎月の支払は1,000円程度多くなりますが、将来受け取る額は、国民年金だけの方と比べて、548円/月も多くなります。
単純に換算すると、毎年の厚生年金支払額は、「将来年金を2年弱受け取れば回収できる」(1,000円 ÷ 548円 = 1.82年)という計算になりますので、「相当お得」という結論になります。
(2) 配偶者がいる場合はもっとお得
また、配偶者がいる場合は、上記よりも、もっと「お得」な結論になります。
配偶者は「第3号被保険者」となり、①国民年金保険料の支払義務がなくなるにもかかわらず、②国民年金は加入している取扱いとなりますので、仮に20年間「厚生年金」に加入した場合、以下のプラスがあります。
国民年金支払義務免除によるプラス | 16,540円/月(毎月支払うはずだった国民年金支払額) |
---|---|
将来受け取る年金増加額のプラス | 19,500円/月(毎月受け取ることになる国民年金額) |
合計 | 36,040円/月 |
厚生年金を支払うだけで、配偶者分として、毎月36,040円得をしていることになります。
5. 1人社長の場合の結論
以下の結論になりました。
- 国民年金と比較すると、厚生年金加入のメリットは非常に大きい。
- ただし、将来の回収期間を考慮すると、役員報酬は低めに抑える方がお得。
なお、配偶者がいる場合のプラス分は、あくまで「国民年金自動加入の恩典」ですので、「役員報酬の額」にかかわらず回収期間が「固定年数縮まる方向」であり、役員報酬額をいくらに設定するか?という意思決定には、直接的には影響ありません。
6. 従業員の立場の場合
上記は、あくまでオーナー社長自身の「役員報酬」にかかる厚生年金のお話ですので、従業員の立場の場合は、支払額は「個人負担部分(半分)」だけで回収の意思決定を行うことになります。
したがって、従業員の場合、「回収期間」は1人社長の場合の「約半分程度」になります。
例えば、額面30万の場合の回収期間は8年程度、額面50万の場合の回収期間は10年程度と試算されますので、だいぶお得感がありますね。
つまり・・従業員の場合は「厚生年金」を会社が半分負担してくれているので、かなりお得な恩典を受けている、ということがわかります。
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